イースクエア社長、本木啓生の視点 #7
サーキュラー・エコノミーによる事業変革
- ブリュッセル効果による世界のルールづくり -
2023年12月1日
株式会社イースクエア代表取締役社長 本木 啓生
ラグビーは規律を重んじるスポーツであり、安全性と公平性を確保するために厳格なルールが定められている。ビジネスも同様に各法域の規制や業界のガイドラインといったルールに則ったゲームをプレイすることで、競争に勝ち抜いていくことが存続の条件となる。もちろん現在は、ルールに加えてステークホルダーの期待・要請にも応えていくことも必要だ。
サーキュラー・エコノミー構想の進展
持続可能な社会を実現するためには、現在の大量生産・大量消費・大量廃棄の一方通行の社会経済システムを循環型へと構造的に転換することが必要となる。1990年代にスイス人の思想家ヴァルター・R・スタヘルが、ものをサービスとして販売するビジネスモデルを「サービス経済」というコンセプトとして打ち出した。2000年代初頭、ドイツ人化学者マイケル・ブラウンガートは、米国の建築家ビル・マクドノーとともに「ゆりかごからゆりかごまで(Cradle-to-Cradle)」を出版し、注目された。ブラウンガートらが提唱するバタフライ・ダイアグラムは、エレン・マッカーサー財団のサーキュラー・エコノミー推進おける基本コンセプトとして採用されている。国連を始めとする国際組織でも、「PSS(Product-Service Systems:製品サービスシステム)」や「サービサイジング」というアイディアをいかに実務レベルに落とし込んでいくのかという議論が巻き起こり、国連や欧州は公的な資金を投入し研究が継続されてきた。2019年12月にフォン・デア・ライエン欧州委員長のもとで発表された欧州グリーンディールは、EUの経済・社会改革の目標を示しており、その一部がサーキュラー・エコノミーとなっている。そして現在、2024年半ばまでの成立を目指し、トリローグのプロセスに入っているのがESPR(Ecodesign for Sustainable Products Regulation:持続可能な製品のためのエコデザイン規則案)である。2009年施行のエコデザイン指令の大幅改正との位置づけだが、当指令では冷暖房機器や冷蔵庫をはじめエネルギー消費の大きい家電など約30の製品グループを対象に、製品仕様の基本となる仕様要件とその適合性評価の枠組みなどが定められていた。今回のESPRは、EUの目標に従い加盟国が法制化を担う「指令Directive)」ではなく、加盟国に直接適用される「規則(Regulation)」に格上げされ、ソファーや繊維製品、カーペットなどエネルギー消費製品以外、さらには鉄鋼・アルミニウム製品などの中間製品も含むすべての製品が対象になりうる極めて野心的な規制となっている。当初の対象製品は限定的だが、3年ごとのWorking Planにより対象製品を順次追加していく仕組みとなっている。欧州委員会では、資源の枯渇に対する危機感への対応とともに、このような政策がビジネスチャンスにもつながるはずだと睨んでいる。
ESPRにより製品に求める要件には、製品の耐久性、再利用性、アップグレード性、修理性、リサイクル材の使用・含有量、カーボンフットプリントを含む環境負荷など、サーキュラー・エコノミーを実現する多様な要素が含まれている。ブリュッセル訪問時、欧州委員会のアルベルト・パレンティは次の3点は強調した。
一つ目は、公的調達に関わる義務だ。例えば、政府機関の調達時にサステナビリティ基準の反映を要求事項にできる。二つ目はサーキュラリティ(循環性)という観点から、場合によっては未使用あるいは未販売の製品の処分を禁止できるということであり、多くの企業はビジネスモデルの抜本的な変更を余儀なくされる。三つ目は、市場の監督という観点で、消費者に適切な情報を提供することで、公正な形での競争を成立させようとしている。
製品情報としての「デジタル製品パスポート(DPP)」
消費者への適切な情報提供という観点で、新たに製品情報を電子的手段で集約した「デジタル製品パスポート(DPP)」という開示義務が企業に課されることになる。製品自体、パッケージまたは製品に付属する書類上に、消費者向け情報、バリューチェーン(輸入者・販売者、修理・リサイクル業者など)向け情報、当局向け情報を添付することを義務付ける。消費者向けには、環境インパクト、サーキュラリティ、懸念物質などに関するデータを開示することになる。 在欧日系ビジネス協議会(JBCE)の事務局長 前田翔三氏曰く、「DPPの成立に向け、環境派やデジタル派の議論のみならず、経済安全保障的な議論も合流してくるだろう」ということで現実味を帯び、サーキュラー政策を実装する上で欠かせない政策となることが予想される。サーキュラー・エコノミーを先取りした産業界の試み
前田氏によると、欧州委員会が提案した政策は「角は取れるが、本丸は通ってくるというのが欧州の大きな特徴」ということだ。本丸が通るからこそ、欧州のリーダー企業は安心して政策の先取りをし、長期視点で事業戦略を検討することができる。サーキュラー・エコノミーに焦点を絞った産業界の試みがある。それはWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が2018年に開始したCTI(サーキュラー・トランジション・インディケーター)の取り組みであり、世界をリードすることでサーキュラリティの測定基準になると目論む。現在50社以上が関わり、2023年5月に発表された最新版は第4版(CTI v4.0)まで改訂を重ね、WBCSDのレポートのなかで最も多くダウンロードされているレポートとのことだ。
CTI v4.0の目的は、企業がサーキュラー・エコノミーへの移行の進捗状況を評価・測定するための枠組みと指標を提供することにある。
例えば自社のサーキュラー戦略が、温室効果ガス排出削減目標やネイチャーへの影響が大きい土地利用にどのようなインパクトをもたらすのか理解するのに役立つ。これにより、企業はサーキュラリティを考慮したさまざまな調達戦略を比較し、最も効果的なアクションを特定することができる。そして、企業がレジリエンスを構築し、新たな成長機会を引き出し、サステナビリティ目標を達成するためにビジネスを変革するのを支援することにつながる。
前述のバタフライ・ダイアグラムを基本的なコンセプトとするCTIの方法論は、物質として何が入ってきて何が出ていくのかという企業内の原料の流れを分析することに基づいている。CTIでは、「インフロー」「アウトフロー:資源循環可能性」「アウトフロー:実際の資源循環」という3つの重要な介入ポイントに焦点を当てている。「インフロー」とは、調達した資源、素材、製品、部品がどのように循環しているのかを表している。「アウトフロー:資源循環可能性」は、機能的に同等な部品や原料の技術的な回収(分解性、修理性、リサイクル性などを考慮した設計など)や生分解性を確保するために、どのように製品を設計しているかということを表す。そして、「アウトフロー:実際の資源循環」は、その企業は実際にどの程度のアウトフローを資源循環しているかであり、製品、副産物、排水が含まれる。企業は、クローズドループのビジネスモデルや、オープンループの回収スキームを通じて、実際の資源循環率を高めることができる。この結果は、企業がいかに効果的にループを閉じているかを示すものとなる。
出典:WBCSD発行 CIRCULAR TRANSITION INDICATORS V4.0
CTIの方法論に則り、WBCSDがCircular IQとともに開発したCTIツールは、すでに94カ国以上の約3,500企業が登録しており、企業規模を問わず利用できるものとなっている。CTIツールは、財務会計のマテリアル版であり、財務会計で収入と支出を追跡するのと同様に、インフロー、アウトフローを追跡し、企業の効率性を見ていくことができ、物質・材料の会計(マテリアル・アカウンティング)のためのツールとなる。このCTIツールは、データ収集を容易にし、データの安全性と機密性を確保し、ユーザーがデータ要求のために社内の利害関係者やバリューチェーン上の各パートナー企業とコミュニケーションするのをサポートする機能を提供するものともなる。また、結果を構造的に保存し、意思決定を支援し、企業が進捗状況を追跡できるようデザインされている。民間レベルでこのような極めて具体的なツール開発まで行われているのは、政策の方向性がしっかり定まっているEUだからこそできることだと感心させられる。
サーキュラー・エコノミーの社会実装に向けて
欧州グリーンディールに基づくサーキュラー・エコノミー政策を法制化することで、実装フェーズに入っている現状を述べてきた。ESPR及びDPPもブリュッセル効果を発揮し、いずれは世界のルールへと昇華していくことになることが予想される。前述したPSSやサービサイジングで議論されてきたように、各社のビジネスモデルの抜本的な見直しを求めるインパクトある政策となりうる。ゲームで勝利を収めるには、ルールを熟知し、プレイすることが基本だが、その前段となるルール作成においては、どのようなルールにしていくのかというさまざまな議論がある。欧州が提案するルールの本筋を理解し、ルール形成にいかに関わっていけるかが今後の勝敗の鍵を握るといっても過言ではないと考える。
参考:アニュ・ブラッドフォード「ブリュッセル効果 EUの覇権戦略:いかに世界を支配しているのか」白水社(2022年和訳版出版)
この記事は、(株)イースクエアが運営するサステナビリティ先進企業のネットワーク「フロンティア・ネットワーク」の季刊誌に掲載した記事です。
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