2023年6月1日
株式会社イースクエア代表取締役社長 本木 啓生

4月15~16日、札幌で気候・エネルギー・環境大臣会合が開催された。日本は気候変動対策「グリーントランスフォーメーション(GX)」を打ち出し、アンモニアと水素を低炭素燃料として活用することの合意を得ようとしたものの、他のG7加盟国からは懸念が表明される形となった。

アンモニアは、既存の化石燃料インフラを利用できるという利点があり、石炭に依存する発電を行っている日本や他のアジア諸国にとって魅力的な解決策のように考えられているが、ライフサイクル全体を脱炭素として活用していくことに関しては技術的に不確実性が高く、イノベーション頼りの政策として各国から疑問が投げかけられている。

日本のエネルギー政策とG7諸国との違い

G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合の公式サイトには、「水素・アンモニアが様々な分野・産業、さらに「ゼロエミッション火力」に向けた電力部門での脱炭素化に資する点を明記。『炭素集約度』の概念を含む国際標準や認証スキーム構築の重要性を確認。当該評価を提案したIEA報告書を歓迎。」と報告されている。アンモニア自体は温室効果ガスではないものの、その製造は化石燃料に大きく依存しているのが実態だ。英フィナンシャル・タイムズの記事が報じるところでは、まだ商業的に実行可能ではないにもかかわらず、日本が「ゼロエミッション火力」によるアジアのネットゼロへの移行を促進するということの実現可能性にG7メンバー国は疑問を呈しているということだ。英国、フランス、カナダは、G7環境大臣会合のコミュニケの草案で、低炭素燃料としてのアンモニアと水素の推進に関する文言を弱めるよう日本に圧力をかけた、ということである。

また、日本政府は2030年においても19%の割合で石炭火力発電を保持する方向性を示している。そのため、英国は2035年までに国内使用の石炭を段階的に廃止することを提案したが、日本はこれに抵抗したと報じられている。年々高まる温暖化への影響が世界各地で顕在化し、G7諸国が脱炭素社会の構築に向け具体的な施策のすり合わせが必要な局面となっているのだが、足を引っ張っているのが皮肉なことに開催国の日本となる。

日本では、野心的なシナリオとして2030年度の電源構成の再生可能エネルギー(再エネ)比率目標を36~38%と設定している。それに対し、4月15日にすべての原子力発電所を停止したドイツは、2030年の再エネ比率目標を80%に引き上げ、さらに2035年にはほぼ100%を達成する方針を明らかにしている。短期的には石炭火力を活用しながらも、長期的には再エネを大幅に拡大する二正面作戦により、実現可能性を高めている。また、EU全体では、EU理事会と欧州議会が3月30日に2030年の再エネ目標を42.5%に引き上げ、さらに2.5%の努力目標を追加し、45%の達成を目指すことで合意している。米国もバイデン政権が2035年までの電力部門の脱炭素化を公約に掲げており、日本とは大きなギャップが存在していることが明らかである。

産業の構造転換の課題

三菱重工業、IHI、そして世界最大のLNG(液化天然ガス)バイヤーであるJERAなど日本の最大のCO排出企業は、アンモニアの主要な支持者となっている。水素・アンモニアの導入により石炭火力発電を温存するというGX戦略は、既得権益を保護する政策にほかならないわけだが、2050年のカーボンニュートラルを実現するためには、ゼロベースでの痛みを伴う構造転換が不可欠となる。

日本が構造転換を苦手とするのは、構造的な理由もある。日本の護送船団方式による産業構造は、終戦後の産業復興において大いに役に立ったのだが、事業環境における不確実性が高まり、柔軟な産業構造の転換が求められる時代においては歯が立たない。また、失われた30年以前には日本企業の強みであった終身雇用制度は、雇用の流動性の足枷となる。日立製作所などが取り組むジョブ型採用が各企業で導入されれば、企業の事業転換と労働者の再配置がスムーズに進むことで、産業構造転換が容易になると考えられる。
しかし、現状ではそのような状況には至っていない。

日本のエネルギー政策が脱炭素社会の実現を阻害する可能性

アンモニア混入燃料の導入によって、世界の脱炭素化が阻害されるのではないかという懸念が広がっている。例えば、E3G - Third Generation Environmentalismという環境保護団体は、日本のアンモニア混焼推進が、石炭の段階的廃止と既に商業化されて拡張可能な再エネ技術(風力・太陽光など)の選択肢の展開を遅らせるリスクがあると主張している。

つまり、日本政府と産業界が石炭火力発電所でのアンモニア混焼を気候変動緩和策として提案しているが、このアプローチは実現可能性に疑問がある不確実な将来の技術オプションを推進することにより、石炭火力発電所の段階的廃止に向けた現在必要な政策行動を遅らせるものであると言うことだ。石炭火力発電でのアンモニア混焼は、世界の気温上昇を1.5℃以下に抑える目標と矛盾し、日本や東南アジア諸国におけるクリーンエネルギーへの移行を弱体化させるリスクがあるとの指摘だ。

日本企業の国際競争力への影響

日本の産業界への影響を考えると、政府が追求しようとするゼロエミッション火力は、開発技術のみならずコスト面の課題が大きい。アンモニアの国内生産は価格が高いため、日本は依然として輸入に大きく依存することが必要となる。脱炭素プロセスにより海外で生産したアンモニアを輸入し、石炭に混入させて燃焼させる場合、ブルームバーグが指摘するように既存の再エネ電力よりも圧倒的にコスト高となる。

一方で、既存インフラの活用ということでは、天然ガス業界が推奨するCOと水素からメタンを合成するメタネーション技術にも期待したいところだ。しかし、水素を脱炭素プロセスにより作り出すことがそもそもコスト高となり、さらにそれを原料としてメタンを生成するということで、コスト競争力を持たせることが難しい。

エネルギーはすべての経済発展の動力源であり、脱炭素エネルギーが低価格で安定供給されることが国際競争力を高める上では必須条件だ。しかし、前述のように日本の現状の政策では未来への展望が不透明だと言わざるをえない。エネルギー高の結果、利用する産業界および一般消費者に経済的なしわ寄せが来ることになり、国際競争力が損なわれることになる。

現行の国家予算を検証すると、2022年度のエネルギー分野の予算の内訳では、原子力が約36%、石油・石炭・ガス・資源で約20%となり、これら従来型エネルギーだけで6割弱の予算が使われている計算となる。一方、再エネは約11%、水素は約3%しか割り当てられておらず、GX戦略はおろか、従来どおりのエネルギー政策を継続していることは明白だ。日本企業が世界市場で事業展開するうえで、一部のエネルギー産業を保護することが原因で、業種を超えた日本企業が総崩れになることだけは避けたいものである。

未来へ向けての可能性

現在の日本のエネルギー政策は、カーボンニュートラルに向けた実効性のある長期的な展望が乏しく、G7諸国と比べると大きな遅れを取っている。日本企業は、グローバル競争を勝ち抜くうえでかなり不利な条件を突きつけられているのが現状だ。高騰する化石燃料から低コスト化する再エネへの転換は合理的な選択となりうるし、スコープ3まで見越しサプライチェーン全体を脱炭素化していく上で有効なエネルギー・インフラとなる。さらには、エネルギーを自給することで自国の産業復興とともに、輸入依存度を減らし、
紛争時の断絶リスクを回避することにもつながる。

企業は脱炭素技術への投資や環境イノベーションに取り組むことで、国際競争力を向上させる可能性が十分にある。政府がサステナビリティ経営を志向する企業と連携することで、持続可能な経済への転換を加速する新たな時代が到来している。
 
 
 
この記事は、(株)イースクエアが運営するサステナビリティ先進企業のネットワーク「フロンティア・ネットワーク」の季刊誌に掲載した記事です。
 
 

→フロンティア・ネットワークについては、こちらをご覧ください。


→イースクエアのサステナビリティ経営支援については、こちらをご覧ください。