イースクエア社長、本木啓生の視点 #3
ステークホルダー資本主義とは
- パーパス経営に向けたステークホルダー配慮 -
2022年12月1日
株式会社イースクエア代表取締役社長 本木 啓生
バージニア大学のR.エドワード・フリーマン教授がストラテジック・マネジメントという書籍の中で、企業の長期的な成功に果たす重要な役割をステークホルダーが担っていることを訴えたのは、1984年と今から40年近く前のこととなる。
しかし企業経営におけるステークホルダー配慮の重要性についてはあまり顧みられることはなく、株主・投資家を最重視する傾向は米欧企業を中心に続き、日本企業においても例外ではなかった。私はかつて、ある経営トップから、ステークホルダーとの対話は企業経営上、百害あって一利なしだという話を聞いたことがある。出来もしない理想論を要求され、事業戦略の判断が鈍るということが理由だということだった。また別の企業の経営幹部からは、NGOと反社会勢力の違いが分からないという話を聞いた。
ステークホルダーの定義
"ステークホルダー(stakeholder)"という言葉がビジネス用語として市民権を得たのはそれほど昔のことではない。株主を表す"shareholder"とも似た言葉であるが、ルーツはギャンブルにあるとされ、出資金や掛け金を表す"stake"と保有するという"holder"の組み合わせとなるが、前述のフリーマンがビジネス用語として浸透するきっかけを作った。OECDの「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」の定義では、企業の活動に影響を受けるかその可能性のある利害を持つ個人または集団と説明しており、ステークホルダーとみなされるすべての個人または集団が、必ずしも、企業の具体的な活動から影響を受けるとは限らないとしている。企業の立場から見ると、ステークホルダーは株主・投資家に加え、社外では、お客様・顧客、取引先、地域住民やNGOなど、社内では従業員などから構成されるが、会社によりビジネスモデルや取り巻く環境が異なるために、重視すべきステークホルダーは同一ではない。
株主至上主義からステークホルダー資本主義へ
ここ数年、「ステークホルダー資本主義」という言葉がよく使われるようになった。この株主至上主義からステークホルダー資本主義への流れは、2018年1月12日に発行されたブラックロックのCEOラリー・フィンクによる投資先の企業のCEOに向けたレターがきっかけではないだろうか。「センス・オブ・パーパス(A Sense of Purpose)」と名付けたそのレターの中でフィンク氏は、次のように述べている。
「企業は、財務パフォーマンスの実現のみならず、あらゆるステークホルダー(株主、従業員、顧客、操業地のコミュニティ等)に恩恵をもたらし、社会に貢献しなければならない。こうした目的意識がなければ、企業は主たるステークホルダーからの操業許可を失い、短期的な利益分配の圧力に屈してしまい、従業員の能力開発やイノベーション、長期的成長に必要な資本支出をも犠牲にしてしまうだろう。そして活動家の反対キャンペーン等にさらされ続け、最終的には、投資家へのリターンも平均以下に縮小することになるであろう。」
世界最大規模の運用機関が、株主の立場で発した同メッセージは産業界に衝撃を与えた。この年の5月に米NYで開催されたシェアード・バリュー・サミットに登壇したマイケル・ポーターが、このレターが多くの企業経営者をいかに動揺させたかということを赤裸々に語ってくれた。株主のために利益を最大化しろということではなく、まずはステークホルダーおよび社会に貢献しなければならないと訴えたからである。
翌年8月19日、米国の主要企業のCEOらが参加する「ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)」は、181社のCEOが署名した企業のパーパス(存在意義)の再認識の必要性とマルチ・ステークホルダーへの貢献を謳う声明を発表した。同声明には同団体の会長を務めるJPモルガン・チェースのCEOジェイミー・ダイモン氏をはじめ、アマゾン、GM、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)、ブラックロック等のCEOらが名を連ねている。声明ではステークホルダー重視の内容が謳われているが、その順番を見ると、「顧客への価値の提供」「 従業員への投資」「 サプライヤーとの公正で倫理的な取引」「地域社会の支援」そして「株主に対する長期的な価値の創出」と、株主が最後となっている。
世界経済フォーラム(WEF)でも、株主至上主義からステークホルダー資本主義への転換を促している。2019年12月2日に発表した「ダボス・マニフェスト2020」のなかで、「企業のパーパスは、すべてのステークホルダーと共有し、持続的な価値創造に巻き込むことが大切である。そのような価値を創造することで、企業は株主だけではなく、従業員、顧客、取引先、地域社会、社会全体など、すべてのステークホルダーに報いることとなり、企業の長期的な繁栄を強化するものになる」と訴えている。
活きた理念としての我が信条
前述の米BRTの声明「企業のパーパス(Purpose of a Corporation)」の原型と言われるJ&Jが1943年に起草した「我が信条(Our Credo)」は有名である。我々の第一の責任はすべての顧客に対するもの、第二の責任は全従業員、第三の責任は我々が生活し、働いている地域社会と全世界の共同社会、第四の最後の責任が株主に対するものとされている。株主以外のすべてのステークホルダーに報いることで、事業が健全な形で中長期的に発展することができ、生み出した利益により株主への還元があるという考えであり、その逆ではない。
創業以来、弊社の社外取締役を10年以上努めていただいた新将命さんは、J&Jの元日本法人のトップとして、ベストプラクティスとしての「我が信条」を時折語ってくれた。毎年、世界各国の経営トップがリアルで一堂に会するセッションが設けられ、「我が信条」が意思決定に影響を及ぼした事例の共有や、内容の見直しを行うそうだ。そのことによって我が信条は会議室の額縁の中に飾られた理念ではなく、実際のビジネスツールとして使われることになる。
パーパス経営に向けたステークホルダー配慮
ここ数年は、パーパス経営の重要性が叫ばれている。前述のフィンク氏のレターのタイトルは、センス・オブ・パーパスということであったが、パーパスについて語ったのは、翌年のレター「利益とパーパス(Profit & Purpose)」である。「パーパスを遂行し、ステークホルダーに対する責務を全うする企業は、長期的に対価を得ることができる一方、それを怠る企業は立ち行かなくなるだろう。社会がより厳格な基準で企業を評価するようになっているため、こうした動きはますます明確なものになっている」と明言している。様々なステークホルダーに配慮することが、中長期的な企業価値の創造につながり、最終的には株主にも還元できるという発想は、いずれのステートメントにも共通している。
WEFでは、2020年9月に発表した「ステークホルダー資本主義の進捗の測定」において、既存の開示基準などに基づき、 4つの柱(ガバナンス・地球・人材・繁栄)に分類した、21の中核指標と34の拡大指標を設定している。バンク・オブ・アメリカのCEOブライアン・モイニハン氏は、「企業は株主に大きなリターンを提供すると同時に、重要な社会的優先事項に取り組まなければならない。これらの指標は、投資家やその他のステークホルダーに明快さを提供し、SDGsの進展に向けた資本の連携を確実なものにする。これこそが、ステークホルダー資本主義の実践だ」と述べている。
そして、ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されている「パーパスは測定可能なものでなくてはならない」という論考では、「パーパスステートメントの作成に力を入れている企業は少なくない。そもそもパーパスとは、自社のステークホルダーに何かを提供するものでなくてはならない」としており、自社が重要と特定したステークホルダーごとにカギとなる指標を設定することを推奨している。
永続的に企業価値の創造を図る上で、自社の存在意義がなんなのかということを改めて問い直すことでパーパスを再確認し、組織全体で共有することの意義が世界的に再認識されているが、パーパス経営を追求することとステークホルダー配慮とは不可分の関係にあることも再度確認しておきたい。
ステークホルダー配慮とは、
自社のリソース以外にも目を向けて、
さまざまな立場の人や重要性の高い社会・環境課題にも
配慮していくことを意図しており、
そのことは自社のパーパスを追求することにも通じるからである。
ネスレ、ユニリーバ、ノボ ノルディスク、シェルといった業種を超えたリーディングカンパニーが、パーパスを追求する一方で、真っ向からステークホルダーに向き合ってきたことの理由がよく分かる。
この記事は、(株)イースクエアが運営するサステナビリティ先進企業のネットワーク「フロンティア・ネットワーク」の季刊誌に掲載した記事です。
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