2023年12月1日
株式会社イースクエア代表取締役社長 本木 啓生


グローバルリスクの理解は、企業経営にとって不可欠な要素である。技術の進歩、地政学的な変動、気候変動といった要因が相互に絡み合い、世界は以前にも増して不確実性が高まり、予測不能なものとなっている。企業や政府、個人にとって、これらのリスクを適切に把握し、対策を講じることは、単に危機を回避するためだけではなく、新たな機会を見出し、サステビリティを実現するためにも重要である。

グローバルリスク報告書について

今年のダボス会議において、世界経済フォーラム 創設者・会長のクラウス・シュワブ氏よりマイクを渡されたウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は、1月に発行されたばかりのグローバルリスク報告書の話から始めた。

「クラウスさん、あなたのグローバルリスク報告書を読むと、驚くほど心が痛みます。世界のビジネス界にとって、今後2年間の最大の関心事は紛争でも気候変動でもなく、偽情報と誤報であり、それに次ぐのが社会の分極化となっています。これらのリスクは、直面する大きなグローバルな課題に取り組む私たちの能力を制限することになるため、深刻な問題です。」

そして、次のように続けている。

「気候や地政学的な環境の変化、人口動態やテクノロジーの変化。急増する地域紛争と地政学的競争の激化、そしてそれらがサプライチェーンに与えるインパクト。現実を直視すると、この数十年の間に経験したことがないほど、再び国家間の競争が激化しています。」

フォーブスが選ぶ世界で最も影響力がある女性、フォン・デア・ライエン委員長はダボス会議の20数分のスピーチの間に、グローバルリスク報告書に4回言及した。毎年1月に発行されるグローバルリスク報告書は、学術界、企業、政府、国際社会、市民社会にまたがる約1,500人の専門家の意見を取りまとめたものであり、2024年版は、2023年9月4日から10月9日までに集計したものとなる。テーマ別専門家を含む世界有数のリスク専門家の集合知として認識されている。

2年後と10年後のグローバルリスク

それでは、2024年版のグローバルリスク報告書から見えてくる未来の見通しを確認してみたい。

まず図1の、2年後と10年後のリスク見通しであるが、両者には大きな隔たりがある。2年後のリスクは技術、環境、社会、地政学、経済といった全てのカテゴリーのリスクが挙げられているが、10年後のリスクはトップ10の半分が環境リスクによって占められる。


図1 グローバルリスクの短期・長期的な深刻度ランキング
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最大のリスクとして挙げられる「異常な気象現象」は、2年後の予測でも2位に位置付けられている。さらに10年後にはそれに加えて「地球システムの危機的変化(気候の転換点)」「生物多様性の喪失や生態系の崩壊」「天然資源の不足」といった環境リスクが挙げられている。一方、2年後の最大のリスクは「誤報と偽情報」である。このリスクは10年後も5位に位置しており、政治的・経済的に弱体化した社会では、誤報や偽情報のようなリスクが加速度的に広がる余地が依然として存在することを示している。

SNSなどを通じて情報が錯綜する現代社会において、誤報や偽情報は瞬時に拡散し、民主主義選挙という表面上公正なやり方で国の指導者を決定する手段においても、容易に意図的に操作ができてしまうという恐ろしさが露呈しつつある。


全体の傾向として強調しておきたいのは、2024年版のグローバルリスク報告書では、悲観論が高まっている点である。図2のグラフは、2年後と10年後の見通しを表しているものだが、一番濃い赤の「激変:迫りくる巨大災害リスク」は3%から17%に、それより少し薄い赤の「不穏:動乱と巨大災害リスクの増大」は27%から46%へと大幅に増加しているように、有識者の6割以上が何らかの世界的な大災害を予測しているという著しくネガティブな今後の見通しとなっている。


図2:短期的、長期的なグローバルな展望
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10年後の予測を有識者のカテゴリーごとに表したのが図3のグラフとなる。左から市民社会、国際機関、アカデミア、政府、民間セクターとなるが、特に上位を占めるグローバルリスクは環境に関するリスクだということで意見が一致している。それ以外で共通するのが、「誤報と偽情報」「AI技術がもたらす悪影響」「サイバー犯罪やサイバーセキュリティ対策の低下」などとなり、いずれも社会的なインパクトの大きいリスクである。


図3:長期(10年間)におけるステークホルダー別の深刻度
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図4の2年後の予測は、トップ10を見ると回答者のカテゴリーごとにバラけた結果となっているのだが、「誤報と偽情報」と「異常な気象現象」が1位と2位のいずれかとなっている点が興味深い。

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ユーラシア・グループのリスク予想

グローバルリスク報告書と同様に注目されるリスク予想として、ユーラシア・グループが毎年掲げる10大リスクがある。米の政治学者イアン・ブレマー氏が率いるユーラシア・グループは、地政学リスクを専門に扱うコンサルティングファームであり、彼らが挙げる2024年の10大リスク2024年の10大リスクは、組織の性格上、地政学的なものが大半を占めるが、それでも4位「AIのガバナンス欠如」、9位「エルニーニョ再来」のようなサステナビリティ・リスクが認識されている。

Report8_img5.jpg出典:ユーラシア・グループ

グローバルリスクへの対応

もちろん、予測には限界がある。COVID-19が流行する直前に発行された2020年版のグローバルリスク報告書では、感染症リスクはトップ10の最下位に含まれているに留まっていた。それはなぜかというと、過去の事象の因果関係の理解より未来を捉えざるを得ないからであり、COVID-19のような突発的な事象は、ワイルドカードのように予測することはできないからだ。

それでも今現在想定されるグローバルリスクを熟考して対応策を打ち出すことは大切である。フォン・デア・ライエン委員長は、前述したスピーチで次のように訴えている。

「今こそ、これまで以上にグローバルな協力を推進すべき時なのです。そのためには、グローバルな課題の大きさに見合った、迅速かつ構造的な対応が必要です。私はそれが可能であり、欧州がそのグローバルな対応を形成する上で主導権を握ることができ、またそうしなければならないと信じています。そのための出発点は、グローバルリスク報告書をより深く検討し、進むべき道を描くことであるのです。」

そして、解決策の多くは、企業と政府が協働することが大切であり、気候変動や産業規模の偽情報のような脅威と闘うために必要なソリューションを提供するイノベーション、テクノロジー、才能は企業が持っているのだと民間セクターへの期待をスピーチの中で滲ませている。サステナビリティのリーダー企業としては、想定されるグローバルリスクを理解し、同業他社や他のセクターとも協力しながら、共通する課題に対応していくことが、不確実性へのプロアクティブな対応として必要な策だと考える。

「難しい時代だからこそ、
適切な危機感を共有したコラボレーションの重要性を再認識したい。」


この記事は、(株)イースクエアが運営するサステナビリティ先進企業のネットワーク「フロンティア・ネットワーク」の季刊誌に掲載した記事です。


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